堀越千秋へ

キミとは予備校の同級生だったよね。
あの頃からキミは目立っていた。
誰からも一目を置かれ、いつか大物になる雰囲気を醸し出していたっけ。
そのキミがまさか武蔵美の短大に入ったなんて…と思ったら
翌年ちゃんと芸大に入ってたので、やっぱりなって思ったよ。


何度か展覧会の案内が来る度にボクは観に行ったよね。

フラメンコも美術を担当したというので観に行った。
その会場でよくキミはフラメンコの歌を歌ってみんなに聞かせていた。
素人のボクにはてっきり具合が悪くなってうめいているのかと思ったよ。
それがきっといい味を出してるってことだったんだね。

「スペインの賞をもらったので埼玉県で授賞式をやるから来て。」
って電話をもらって随分遠くまで車で行ったけ。
いつもキミの周りには人がいっぱいいたね。

キミもボクの脚本を書いた芝居やパーティーに何度か来てくれたっけ。


そうこうしてるうちに、
折角だから「一緒に絵本を作ろうよ。」という話になって
「架空社の社長が高校の同級生なんだ。だから架空社でやる。」という。
高校、予備校の同級生コンビで作ることになった。 
ボクは講談社あたりで作りたかったけどね。


久しぶりに日本に帰ってきたと電話があったので
「今、ボクの映画を上映してるからそれを観に行ってくれよ。
観てくれないと絵本は作らないぞ。」
と行ったら、キミは本当に観に行ってくれたよね。

親子連れもいっぱいいる映画館に
キミのようなおじさんが一人で観てくれたんだと想像して
なんだかおかしかったよ。


絵本の作は、中々書けなかったっけ。
3年くらいかかってやっと書き上げて、今度はキミが絵を描く番。
でもまたそれが3年くらいかかったよね。
中々出来ないから催促したら
「もう8割くらい出来てるから、見せに行くよ。」
と持って来てくれたよね。
その迫力のある絵がすごくて、あの時ボクは本当に驚いたんだ。

シマウマの絵なんて、はらわたが飛び出してる。
それがまたいい絵なんだ。
いままでの絵本では考えられない大胆な作風だ。

やっぱり堀越はスゴイ。


うちの事務所にも何度か来てタイトルなんかを打ち合わせした。
その時の格好が、ゴム草履にスーパーのレジ袋。
「スペインから来てる著名な画家なのに、その格好はないだろう。」
とボクが笑ったら
「このレジ袋をよく見てくれよ。ほらしっかり二重になってるんだ。
ここがミソなんだ。」
そういってキミが笑ったっけ。
あれにはさすがに参ったよ。


さて絵も文も上がったのに、本が中々出来ない。
今度は出版社にお金がなくて、
印刷所に払えなかったのが原因だったんだってね。
あとで他から聞いたよ。

でもなんとか絵本は出来上がった。
これでやっと約束通り、出版記念の食事会が開ける。
あとはキミが来日した時に日程を調整するだけだ。

ボクがそう思っていると、架空社から電話が来た。
いよいよその電話だな。
ボクは楽しげに電話をとった。

でもその電話は訃報だった。

「ウソ。まさか死んだ?あの堀越が」

ガンだったなんて一度もそんな話聞いてねえぞ。
仕方ない。絵本の出版記念の打ち上げ会は、
いつかボクがそっちに行ってからやるしかないか。
ボクはまだまだこっちでやることがあるから、
そっちで気長に待っててくれよな。


そうそうキミには言わなかったけど
ANAに乗る度に、翼の王国をもらって帰って取っておいたよ。
もらう度に、客室乗務員のお姉さんに表紙をさして
「友達なんです。」
って言ってたっけ。


きむらゆういち 

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